奥サマーが「最近、あまり食事が入らないんだよね〜」というのは聞いていたんですが、「わかるわ、それは加齢だ」と話をしていました。
が、2023年3月22日に「精密検査が必要で、想定としてはスキルス胃がん、もしくは悪性リンパ腫、よくてピロリ菌が除去できてなかっただけ」との報告を受けました。実際に診断されるまで、悲観的に考える必要もないけど、楽観的になるわけでもなく… なんだろう、この気持ち、何かに似てると思ったら…
こんな感じでした。
その後、「スキルス胃がん」という診断が出て、入院、手術とトントン拍子に進み、無事に手術も終えて退院、今では沖縄の黒マグロ(加熱済み)まで食べている奥サマーですが、どうしてなかなか、僕もクラクラする時間を過ごしました。
で、がんに罹患した患者のブログではなく、がん患者の家族のブログってのはあまり見つけられなかったので、今回、書いてみようと思いました。
お子サマーが生まれた時、彼が最初に接する“死”はお犬サマーだと思っていたんですが、それがもっと重いものになるのだろうか、と考えていました。この経験が彼の価値観にどんな影響を与えるんだろうか… 考えてもどうにもならないことを考えてしまうのは、何も考えないようにするよりも楽だから、なのかもしれません。
個人的に得るものがあるとすれば、(どんな経験かわからないけど)今回のような経験をすることによって、いつか誰かにかけられる言葉があるかもしれないな、ということくらいでしょうか。
数週間先にちょっと楽しい予定があったり、夏の予定を考えたりしてニンジンをぶら下げてみても、全力で楽しいと思えなくなっている自分の状態はさびしく、時々、フーっと力が抜けて、力が入らなくなることがありました。結構大きめのワクワクがあっても、それを覆うようなネガティブな何かが心の中にある感じ、これがしんどかったです。あと、急に涙が出たり、取り乱したりしないように、気を張っている必要があるな、とも思っていました。
ただ、バッドニュースがあったとして、その先を冷静に考えてみた時、不安に思うことは何か? だいたいお金で解決できることじゃないかとも思いました。5億円くらいあったら、家のことは家政婦さんに任せて、仕事をしつつ、お子サマーと一緒に暮らしていくのも、お子サマーが中学生くらいまではそんなに大変じゃないんじゃないか、とか。何かあった時に困らないように、これまでも家事はやってきたし、お子サマーとのふたり旅も何度もしてきたし、老犬の介護はちょっと厄介だけど、それも奥サマーの形見だと思えば、頑張れるかな、とか。
ただね〜、子育てが落ち着いたら、奥サマーと、家族と、飲兵衛の旅に出かけるのが夢だったからそれは叶わないんだな〜、くらい。でも、それはいつになったって待っていたら叶わないし、どんな理由で叶わなくなるかなんてのもわからない… なので、ちょっと残念に思うくらいなんですけども。
「5億円あれば大丈夫!(ないけど!)」という感じで、平気で生きているつもりでしたが、今までにしたことのないミスをしはじめました。日曜日を月曜日と間違えて朝の準備をしてみたり、子どものお迎えに行くのを忘れてて遅くなってしまったり… 意外と自覚しがたい感じでメンタルにきているようだ、とこんな時に気づくものですね。
時間の経過とともにネガティブな状況にも慣れてきたのと、手の施しようがあるタイミングでの発見だった&今のところ転移は無さそう、という情報で少し落ち着いて、その後は手術後の日々が大変そうだなぁ、という考えにシフトしていきました。そんなタイミングでお子サマーに聞いてみました。
僕「カーチャンがずっといなくなったらどうする?」
お子サマー「ずっと目が飛び出したままになるよ」
そうか… 怒ってばかりで面倒くさいカーチャン(お子サマー評)でもショックなのかな〜、なんて思いました。
手術日付近はサポートのために、北海道から義理の父母が来てくれて、いろいろと助けられました。ただ、散歩に出かける義理の父母の格好が、ウインドブレーカー的なものに帽子&マスクで、何か既視感があったんですが、よく考えたらニュースで見る活動家でした。娘のがんを追い出す活動に来たんだから、それもそうかと思いつつ… そんなことを考えられるようにはなっていました。
今後もどうなるかわかりませんが、ポジティブであろうとしても、ネガティブが心を覆うことがある、ということと、でもそれは慣れることもある、ということは忘れずに生きていこうと思います。
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